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連載
Vol.3 | 2026.06.19
サンエムカラー ――漆×最新印刷技術の融合

伝統的な漆に、直接プリント加工を施す異色のプロジェクト。「牧野漆工芸」から託されたのは、京都の美術印刷会社「サンエムカラー」(京都市南区)だった。漆特有の深く、光を汲み取る「黒」に対し、羽生結弦さんの纏う青や白の光をいかに美しく乗せるか。漆黒を生かす白インクの濃度調整と、質感に奥行きを与えるニスの活用により、まるで絵画のような立体感が実現した。
同社の増田朱里さんは振り返る。「漆へのプリントは弊社でも初めての試みでした。漆の吸い込まれるような黒に対し、羽生さんの衣装が映えるよう、白インクの濃度を通常より上げて、色がはっきり出るように工夫しました。その上にカラーを重ね、最後にニスを乗せることで、印刷ではない絵具で塗ったような艶と調和が生まれました」

インクの積層で表現した微細な凹凸
今回採用した手法は写真、デジタルアートをアクリルや金属板などのメディアにプリントする「UVインクジェット印刷」。インクに紫外線を当てて瞬時に硬化させる印刷方式で、物理的な「厚み」を出すことが可能になる。多様な表現を生み出せる特性を生かし、インクの重なりによって微細な凹凸を表現。特に羽生さんの衣装の透け感や光沢を、インクの「層」として表現することで、平面の写真を超えた3D効果を付与している。
漆の深い黒が光を吸収するため、その上に普通にプリントしただけでは色が沈んでしまう。羽生さんの衣装の白と青、放たれる光の粒を際立たせるため、白インクの濃度を通常よりも上げてプリントした。

また、羽生さんの衣装の重なりや、筋肉の躍動感を損なわないようにインクを重ねて出力することで、0.数ミリ単位の微細な凹凸が現れる。この積層により、光が当たった際に作品の表面に微かな影が落ちる。これが、平面の写真にはない、そこに生身の人間が存在しているかのような立体感を生む隠し味となっている。
「インクは、重ねることで物理的に盛り上がります。羽生さんの写真が持つオーラや衣装の素材感を、カラーインクの濃淡による凹凸で表現しました。光の当たり方で表情が変わるのは、この微細な立体感があるからこそです」。増田さんも自信を込める出来栄えだった。

光沢という画竜点睛、漆に浮かぶ「青」が見せる可能性
さらに、光沢剤のニスが最後のアクセントを加える。サンエムカラーでは、作品の表情を決めるニスは4種類(マット、セミグロス、グロス、ドロップグロス)のラインナップがあった。今回のプロジェクトでは漆の質感に最も調和するものを熟考。グロスニスを採用した。
漆塗りは鏡のように反射する性質を持つ。そこに通常のUVインクを乗せると、インク特有の「マット(艶消し)」な質感が漆と相反してしまい、写真が浮いて見えてしまう。そこで今回は仕上げにはっきりとした光沢感を持つグロスニスを重ねることで、漆の艶と写真の質感を一体化させた。印刷というよりも漆の上に絵具を置いて描いたような、奥行きのある深みが生まれた。
漆の世界では、天然の顔料だけでは鮮やかな「青」を表現するのが非常に困難であるという。だが、漆職人の牧野氏も驚いた点が、サンエムカラーの印刷技術によって漆の黒が光を吸収し、その対極にある鮮やかな青のインクが浮かび上がったことだ。この組み合わせは、伝統的な蒔絵でも実現できなかった、現代の技術だからこそ到達できた革新的な美の表現にもなった。

漆職人×最新の印刷技術、意外なマリアージュから出来上がった至高の一点物。それは雑多な情報であふれた現代社会にアンチテーゼを投げかける。増田さんは熱弁する。「デジタルデータは一瞬で消費され、忘れ去られてしまう。でも、こうして漆や和紙といった『モノ』に定着させることで、作品は唯一無二の存在になり、100年先まで記憶を繋ぐことができます。職人と技術が交差することで、写真の価値が一段も二段も上がったと実感しています」
今回、小海途や取材チームがうなずいたのがこの言葉だった。伝統的な工芸の専門分野の職人が一堂に会し、羽生結弦さんという被写体、新たな技術が混ざり合った今回のプロジェクト。京に脈々と受け継がれる文化を後世に残していく、職人たちの想いが伝わってきた。
Text 大和弘明
Photo 小海途良幹
株式会社サンエムカラー
1985年設立の美術印刷会社。独自の高精細オフセット印刷技術と、熟練のプリンティングディレクター、印刷オペレーターの職人技によって写真集や展覧会図録の印刷、文化財のアーカイブ・複製まで多様な芸術表現を追求している。
Behind The Scenes|小海途良幹 取材後記
漆に写真をプリントするにあたって、絵柄を決めるのに時間はかからなかった。漆黒に浮かぶ青の光がすぐにイメージ出来たからだ。
作品が出来上がってから知ったのだが、漆の世界では天然の顔料だけで鮮やかな青を表現するのが非常に難しく、今回の作品のような色の組み合わせはされてこなかったそうだ。
サンエムカラーさんの技術と知見で漆塗りと青の融合が可能になったのだが、新しい表現を発見できた意義深い挑戦になった。
このプロジェクトに関わって下さった方々に少しでも得るものがあることを願っていたので、それを実現できたことが嬉しかった。
