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Vol.4 | 2026.07.23

井上光雅堂(1) ――時代を繋ぐ一点物への昇華

両足院の床の間に掛けられた、一点の掛け軸。静謐な空間の中でも、羽生さんの存在感が浮かび上がっている。「Utai IV ~Reawakening」を舞う写真を伝統的な表具として仕上げた作品を紐解くと、脈々と受け継がれる京の技術があった。

この掛け軸を手がけたのが、掛け軸や屏風などの京表具を仕立てる株式会社井上光雅堂(京都市伏見区)。代表取締役であり、表具師の井上雅博さんは語る。「表具は単に飾る目的だけではなく、作品を『守る』仕事です。100年後、200年後にボロボロになっても、表具を張り替えることで、また中の絵や写真を蘇らせることができる。私たちは常に、数世紀先の職人が触ることを意識して仕立てています」。

羽生結弦さんというアーティストの写真とのコラボレーションは、現代ならではの新たな挑戦だった。普段扱う日本画や墨書とは違い、今回は和紙にデジタルプリントされた写真を掛け軸として仕上げた。「斬新さ」を感じてもらえるよう、あえて紋様のない白無地の生地を選び、床の間など和の空間だけでなく、コンクリートの建物などでも見栄えがするモダンなデザインを採用した。

「今回は、作品のオーラを最大限に引き出すため、余計な装飾を削ぎ落としたシンプルでモダンな『二段表装』にしました。これが羽生さんの持つ透明感や鋭さと見事に合致したと思います」と井上さん。ただ、伝統的な寸法は守ることで、見た目の安定感や風格を維持し、見る人の心が豊かになってほしいという想いが込められている。

剥ぐ技術、裏打ち――和紙に吹き込んだ伝統技術

新たな試みだけに、難所もあった。写真を和紙に印刷する際に使用したインクジェットは、普段扱うものとは勝手が全く違った。掛け軸は巻いたり、広げたりする用途を満たすため、折れやシワが出ないように極限まで薄く剥いだ和紙を使う。だが、今回写真を印刷するプリンターには薄い和紙は通らない。そのため、まず分厚い和紙のままプリンターで写真を印刷した上で、極限まで和紙を剥いでいく繊細な作業が必要になった。

さらに、写真が印刷された和紙の繊維やインクの特性を見極め、温度や湿度による紙の伸縮を計算。その上で、作品の裏面に和紙を貼り付け、補強する「裏打ち」という伝統技法を加えることで、掛け軸が完成する。井上さんは「この剥ぐ技術と、正確に裏打ちする技術が、今回の作品の質を支えています」と語った。

表具は日本古来からの生活様式に密着してきた。土地や住居の大きさに適応し、現在にも繋がる寸法の黄金比が出来上がった。床の間に飾られた一点物の掛け軸から、四季の移ろいや時を感じる贅沢を味わうことができる。両足院に展示された掛け軸もまた、日本独特の美意識や感性を揺さぶる作品となった。

ただ、今回のプロジェクトは作品としての装飾だけにとどまらない。次の時代の職人に繋ぐ保存としての挑戦でもある。井上さんは「今回の和紙プリントがどう経年変化していくのかは誰も見えてないところ。時が経たないと分からないが、私たちは100年後でも直せるように作っています」と話す。現代の技術を結集させて出来上がった一点物は、生き続ける。それは、羽生結弦さんという最高傑作を次世代に語り継ぐことと同義となる。

Text 大和弘明
Photo 小海途良幹

株式会社井上光雅堂
1957年創業の京表具店。京都国立博物館で文化財修復に携わった初代の技を継承し、掛け軸や屏風などの新調・修復を手がける。伝統的な書画に加え近代建築の内装や現代アートとのコラボレーションなど、表装の技術で新たな「和」の表現を模索している。