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連載
Vol.5 | 2026.08.06
井上光雅堂(2) ――京表具が担う、芸術の証明と保存

厳かな畳の間に現れた、大迫力の一点物。「Utai IV ~Reawakening」を舞う姿が視界に入ってくる。羽生さんの写真を和紙に印刷し、仕立てた屏風。静謐な空間が、画力をさらに引き立たせる。仕様は本間二曲屏風、大きさは高さ5尺5寸5分(約168cm)、幅は1面あたり3尺5分(約92cm)。今回の写真展で、最も存在感の強い作品になっている。
掛け軸に、屏風。なぜ表具は日本に根付き、先人たちから脈々と受け継がれてきたのか。井上さんは歴史的な背景を紐解く。「表具は、そもそもがコラボレーションです。書道家や日本画家など、その時代の表現者がいなければ成り立たないものです」。時代ごとに現れたアーティストの存在を証明する伝統技法となっている。

ルーツは仏教の伝来まで遡るという。かつて表具の用途は、作品の装飾ではなく、あくまで「保存」。仏陀の教えを後世に繋ぐため、何百年も先まで物体として残すための機能的な側面が強かった。掛け軸であれば、床の間に飾ったり、巻物として保存することで仏教の教義を何度も見返すことができる。屏風も、その存在感を以て普遍の真理を伝え続けてきた。
保存の用途から、日本画や書道など芸術の発展とともに、作品自体を嗜むための表具になった。その時代ごとの表具師たちが芸術作品を表具に仕立て続けたからこそ、今、当時の作品を享受できる。

風よけ、間仕切り…日本文化に溶け込む芸術
掛け軸だけでなく屏風もまた、日本特有の文化に溶け込んだ作品の一つだった。屏風は風よけや間仕切りとしても使用でき、面をコンパクトに折ることが可能。自然と調和する和の居住空間に必要なものだった。土地や住居の大きさに適応でき、今回の屏風も畳一畳分の幅に収めている。縁を黒の漆塗りで引き締めており、日光の入る角度によって、作品の印象も変わる。時の移ろいを楽しむことができる。
今回は表現者羽生さんの演技の写真を屏風に仕立てる異例の試みだった。井上さんは「羽生さんが『粒子単位までこだわりたい』とおっしゃっていたと聞き、そのエネルギーをどう包むか、我々も職人として全力で応えました。完成品が両足院の光の中に置かれた時、平面だった写真がひとつの立体的な芸術品になったと実感しました」と振り返った。

和の空間だからこそ映える一点物。確かな物体としての芸術を味わう感動。日々多くのコンテンツを消費し続け、空しさすら感じる現代のデジタル社会から離れ、一時の癒やしを与えてくれる。井上さんは言う。「多くの方に『屏風や掛け軸ってこんなにかっこいいんだ』と感じてもらえたなら、裏方としてこれ以上の喜びはありません。物体として残す試みはデジタル化された時代でも保存装飾の観点から必要なものです。今後の時代も続いていくでしょう」。
装飾、そして保存。表具師の想いも乗せた技術で、臨場感ある羽生さんの写真をより立体的に表現することができた。写真展でも威風堂々とした屏風の前に正座し、感動を味わう多くの来場者の姿があった。掛け軸や屏風の作品はいつの時代も、日本人の琴線に触れる芸術性がある。そして、令和時代に羽生結弦という希代のスケーターが輝いていたことの証明になる。
Text 大和弘明
Photo 小海途良幹
株式会社井上光雅堂
1957年創業の京表具店。京都国立博物館で文化財修復に携わった初代の技を継承し、掛け軸や屏風などの新調・修復を手がける。伝統的な書画に加え近代建築の内装や現代アートとのコラボレーションなど、表装の技術で新たな「和」の表現を模索している。
Behind The Scenes|小海途良幹 取材後記
井上さんのお話は、どれも新鮮で印象的だった。その一つに、浮世絵を引き合いに出した話があった。
浮世絵は、例えばその当時のスターが題材になっているが、今回のプロジェクトは、そういうアートの文脈で言ってもちゃんとその見せ方になっている、と。
今回、写真を守り残すために表装の力をお借りできたので、この作品たちが未来に受け継がれ、浮世絵のように後世の人にも愛でてもらえることになったなら作品を作った甲斐があるなと思う。
