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連載
Vol.6 | 2026.08.20
西田惣染工場 ――羽生結弦さん×生地アート 昇華転写で実現した生命感

巨大なタペストリーが、まるで生命を吹き込まれたかのようにたなびいている。プロ3周年に撮影された無垢な羽生結弦さんの表情を捉えたポートレート写真が、天候や風向、時の移ろいとともに様々な表情を見せる。両足院という静謐な空間でしか表現できない、自然との調和を実現。株式会社西田惣染工場(京都市南区)が手がけた匠の技術によって完成した生地アートは、多くの来場者のため息を誘った。

羽生結弦さんの写真の繊細な衣装や透明感を表現するための挑戦。生地のプリントは片面が一般的だが、今回は両面を染めた。光を透過するポリエステル生地を採用。さらに、透明感をより強調するために「昇華転写捺染(両面)」という正確無比の技術で完成に至った。
その過程はこうだ。インクジェットプリンターで、専用の紙(転写紙)に表裏の写真をそれぞれプリント。2枚の転写紙の間にポリエステル生地を挟み、絵柄を寸分違わず合わせ、生地と2枚の転写紙を固定していく。それを熱プレスすることで生地に色が移る。アイロンプリントがイメージに近い。表裏の色の差をなくすことで、立体感を演出できる。デジタル技術を使いつつも、最終的な表裏の絵合わせは機械ではなく職人の目と手で行われる。1ミリのズレも許されない工程は、まさに匠の技だ。
専務取締役兼工場長の大橋洋平さんは説明する。「私たちのこだわりは、表裏の色の差がなく、どちらから見ても綺麗に染まっていることです。特に今回は、髪の毛一本、まつ毛一本までクッキリ合わせる必要がありました。これは最新の機械を使っても難しい作業で、最後は職人の勘と手作業でピタリと合わせています」

透明感を再現した細心の技術――写真を生かす熱コントロール
同社にとっても、新たな可能性を発見するプロジェクトだった。普段は暖簾(のれん)や旗などを染めることが多く、写真という精密なデータを生地にする機会は滅多になかったという。写真からほとばしる羽生さんの独特のオーラや繊細なグラデーションを、生地の光沢とどう溶け込ませるか。「何度もテストを繰り返しました」と大橋さんは振り返る。
写真の品質を生かすために、画像データ自体への過度な調整は行わず、生地への出力を最適化することに注力。使用したのはニット状に編まれた「透け感」のあるポリエステル生地だった。朝、昼、夕方と移り変わる自然光の当たり方によって、見え方が変わるからだ。白い衣装の細かな装飾の質感やグラデーションを薄い生地の上で鮮明に再現するために、温度やプレス時間の微調整など繊細な熱コントロールを行った。さらに、制作段階ではプロトタイプを工場の窓ガラスに吊るし、何度も見え方の検証を行った。

ハイブリッドへの志向――西田惣染工場に根付く遊び心
なぜ、同社が今回のプロジェクトに呼応したのだろうか。先代は写真に並々ならぬこだわりがあり、かつて自ら写真展を開いて風景写真などのタペストリーを制作するほどだったという。創業から続く手作業の技術を守りつつ、デジタル技術を柔軟に取り入れる土壌がここにはあった。
通常、印染工場では取引先を介して仕事を進めることが多く、最終的なクライアントやディレクターと直接意見を交わす機会は決して多くないという。空間デザイナーの小西啓睦氏(miso)との縁があったのも、伝統技術と写真を掛け合わせたハイブリッドの芸術を志向していたから。今回、職人が直接、こだわりを反映させて制作できる貴重な機会となり、アスリート×生地アートの制作につながった。
大橋さんは手応えを語る。「実際に会場(両足院)に飾られた作品を見た時、その調和に驚きました。風が通ると生地がたなびき、まるでお客様の目の前で羽生さんが呼吸をしているような、平面の写真では出せない奥行きと立体感が生まれていました」

両足院の見事な庭を背に展示された「あの夏へ」の一場面。制作段階では「色が濃いかもしれない」と一抹の不安もあったというが、両足院の厳かな光と庭の景色が調和することで絶妙な色合いが生まれ、作品が想像を上回った。来場者からも「お庭に溶け込んでいくようだった」といった声が上がった。「粒子単位にまでこだわる」という羽生さんの強い想いに匠の技術で応えた。「職人として光栄です。伝統技術がこうした新しいアートの形として、多くのファンの方に喜んでもらえることは、私たちの大きな励みになります」と大橋さん。優雅に舞うタペストリーには、職人たちの現在、過去、未来をつなぐ無形の想いが詰まっていた。
Text 大和弘明
Photo 小海途良幹
株式会社西田惣染工場
1933年創業の印染工場。こだわりは表裏の区別なく鮮やかに染め上げる「両面染め」。染色から縫製までを自社で一貫生産し細かなオーダーにも対応する。不易流行の精神のもと、伝統の手仕事と最新デジタル加工の融合を図る。
Behind The Scenes|小海途良幹 取材後記
両足院の庭と溶け合うように展示された「あの夏へ」の作品。見た人たちから「池から立ち昇る龍神のようですね」という言葉を何度も聞いた。作品を異物としてではなく風景の一部として見るものが認識したのは、西田惣染工場さんの技術のなせる業だった。
その業は細部の仕上がりに表れていた。表裏一体な両面プリントはもちろん、色が薄くて消えてしまいそうな衣装のディティールが繊細に再現されている点にも驚かされた。生地へのプリントでここまで色の階調が豊かに表現できるとは。
西田惣染工場さんとのコラボレーションを通して、素晴らしい表現は確かな技術によって生み出されることを改めて認識することが出来た。

