夜の蝶から船頭の道へ――
三浦半島の先端近く、静かなたたずまいの小網代湾。その奥にビルを構える丸十丸を訪れると、「おはようございます!」ガングロで銀髪、下唇にピアスを付けたギャルがペコリと頭を下げ、元気に迎えてくれた。
店主である小菅裕二船長の次女・結香さん。昨年までは横須賀の繁華街でキャバ嬢をしていたという。言われて納得の風貌(ふうぼう)である。
「いま24歳です~~。もういい年齢だし、ちゃんと仕事するなら早い方がいいかな、と思って」家業を手伝うことに決め、幼少の頃から父の船に乗り親しんだ釣りの世界に本格的に身を投じる。今年の正月最初の営業から「船員・結香嬢」として始動した。
■「爪、邪魔っスww」
この日、オデコ軍曹は、イワシの生き餌を使うヒラメ乗合に乗船。結香嬢は中乗りとしてお客さんのアシストをするとともに、軍曹の隣に座って自らも竿を出すことにした。
7時45分、軍曹と結香嬢を含め7人で出港。ヤシの木が林立する高級リゾート「シーボニア」を横目に、湾外へと出た。その間、結香嬢は小柄な体で泳ぐように船内を動き回り、乗客の世話をしつつ自らのタックルを手際よく準備していった。
航行中、船長からマイクで「餌の付け方丁寧にやらないと釣れないぞ!」と船内に陽気な怒声が飛ぶ。「耳の穴かっぽっじって聞きやがれい!親バリは口の横から……」とレクチャーが始まるものの、マイクの音が風に流されて詳細が聞き取れない。ならばと、横に座る結香嬢に餌付けの個人レッスンを受けることにした。
「親バリは口の横に刺した方が、エサが弱りにくいですネ。私はいつも、孫バリはお尻に刺さないんですよ。刺す時はお尻の穴に差し込んで……」と説明を受ける。が、しかし。結香嬢の個性的な爪が気になって話が耳に入らない!2㌢はあろうかというカラフルな「付け爪」が全ての指に装着されているではないか。
軍曹「その爪、釣りには邪魔じゃないのか?」
結香「邪魔っスねw。仕掛け結んだりオマツリほどいたり、それはもうやりにくい。でもオキアミの尾羽を切るときは、この爪の先でチョキンっていけるので、そこは便利っスw」
付け爪で釣り餌を切るギャルは、日本でも他にはいないだろう。
航程15分、真沖のポイントに到着。餌付けも完了しいざ投入!しかし
船長「潮が全然動かないよ…しかも潮が思い切り澄んでるね」
といきなりのボヤキだ。ここ数日続いている晴天の影響で濁りが全くない様子で、苦戦の予感しかしない。
開始から約2時間、90㍍と深めのポイントに移動直後、結香嬢が沈黙を破る。
「ヨッシャ~~!入った~~!」
丁寧に手巻きでやり取りして上がってきたのはオレンジ色のカンコ。目がギョロギョロして、いかにも深場っぽいフォルムだ。40㌢ほどの大きさがあった。
この結香嬢の雄叫びを皮切りに、カンコが他の釣り人にも釣れ始める。中には、2㌔級の巨大なマハタを仕留める乗客も!
お客さんが釣り上げるたびに結香嬢はタモ取りに走り回りながら
「やったね!これで今日の仕事は終わったね」
「大きいね~~!ワタシもこんなの釣りたいわ~」
と明るく褒め称え、オジサマ達を良い気分にさせている。
■生きる「ナンバーワン・キャバ嬢」の経験
勤務していた店では売り上げナンバーワンに輝いた経験もあるというから、接客術は本物だ。
軍曹「さすがに客の扱いはうまいもんだな」
結香嬢「接客はキャバの経験が大きいですね。酔ったオジサンの話をうんうん、て聞いてあげてね。父も毎日酔っ払いで、昔は一緒の空気を吸うのもイヤだったけど、いまは(船上という)狭い場所に何時間も一緒にいます。これもキャバクラ経験のおかげかなw」
軍曹「酔客と釣り客、同じオジサマならどちらが扱いやすいのか」
結香嬢「どちらかと聞かれれば、断然、釣りのお客さんを相手にする方が大変ですね。何しろ釣りの技術がまだまだ足りないですから。あ、実は私、ヒラメは1枚も釣ったことないですからw」
その後、軍曹にも小型のカンコが釣れ閑古鳥の状態を脱出。最後に大型ヒラメが狙えるポイントに移動。ここでは1㌔~1・5㌔サイズの本命が3枚上がった。そして15時に納竿となった。
■いつになる?船頭デビュー
軍曹「将来は父の跡を継いで船頭になるのか」
結香嬢「父も年を取って、最近いっつも死にそう、死にそう、とか言ってますからw。船舶免許は取得したので、次は無線ですね。そういった準備が終わったら、いつか自分で操船してお客さんに釣らせたいスね~~!」
屈託なく夢を話す結香嬢の姿を見て、父の裕二船長もまんざらではない様子。
父「フフ……まぁ好きなこと、やりたいことをやれば良いと思うよ。まだちょっと子供っぽいところはあるけどね」
と、これまで見た事がない、凪(なぎ)の水面のように優しい表情で話してくれた。
釣り業界では有名な小菅3姉妹。姉の綾香さんは凄腕の釣り師として知られる。
軍曹「有名な姉の存在は意識するのか」
結香嬢「うーん、姉は本当に技術が凄いけど、私はまだまだですから。その分、私は接客の方で勝負ですかねw」
ちょっぴり派手だが素敵な跡取り候補ができた丸十丸。その未来は明るいようだ。